従業員持株会とは?概要と設立目的について解説

2023-10-16


はじめに

従業員持株会は日本では古くから存在する制度であり、現在でも多くの企業が採用しています。
東京証券取引所が発表した「2021年度従業員持株会状況調査結果の概要について」(2023年9月29日アクセス)によると、東証に上場する3,815社(2022年3月末時点)のうち少なくとも3,247社が持株会制度を導入しており、加入者数も298.2万人に上っています。
この記事では、従業員持株会の概要と、従業員持株会を設立する目的について解説します。
従業員持株会に興味のある方や、従業員持株会を導入しようと考えている方は、ぜひ参考にしてください。


従業員持株会とは?

従業員持株会とは、従業員が自社の株式を取得するにあたって、会社が拠出金の給与控除・奨励金の支給などの便宜を与えることにより、従業員の自社株取得を容易にし、財産形成を助成する制度です。
従業員持株会のほかにも、役員を対象とした役員持株会、取引先を対象とした取引先持株会などもあります。
従業員持株会の会員資格があるのは従業員のみであり、取締役や執行役などの経営陣は、会員となることができません。
従業員持株会は、給与または賞与から天引きされた従業員の投資金額をまとめて窓口として自社株を購入します。
従業員持株会に参加する従業員は、組合の一員として自社株を共同で所有し、組合の運営や決議に参加することができます。

従業員持株会には、以下の2種類があります。

  • 民法の組合による方法(証券会社方式)
  • 任意団体による方法(信託会社方式)

このうち、一般的なのは民法の組合による方法(証券会社方式)です。
民法の組合による方式の方が、実務上の手間がかからないケースが多いためです。
従業員持株会の方法については、別途「従業員持株会の方法について」において詳しく解説します。

持株会奨励金について

従業員持株会を運用している会社の多くは、従業員に対して奨励金(以下、持株会奨励金)を付与しています。
持株会奨励金とは、従業員による株式取得を促すために会社が負担する出資金のことを指します。
持株会奨励金は必ず支給しなければならないものではありませんが、上場会社の96.3%にあたる 3,126 社において支給されています(※)。
持株会奨励金の額は、拠出金 1,000 円につき100 円以上 150 円未満を支給している会社が最も多く、全体の 39.0%にあたる 1,266 社となっており、 その中でも奨励金額 100 円の会社が 1,226 社と大半を占めています(※)。
(※) 「2021年度従業員持株会状況調査結果の概要について」(2023年9月29日アクセス)

以上、従業員持株会の定義と持株会奨励金について解説しました。
ここからは、従業員持株会の設立目的について解説します。

従業員持株会の設立目的

従業員持株会を設立する目的として、以下の項目が挙げられます。

  1. 従業員の福利厚生の向上
  2. 従業員の経営参画意識の高揚
  3. 安定株主の確保
  4. 事業承継対策


各項目について詳しく解説していきます。


目的1. 従業員の福利厚生の向上

従業員持株会では、会社が従業員に対して拠出金の給与控除や奨励金の支給などさまざまな便宜を与えて、従業員による自社株の取得を容易にします。
これにより、従業員は自社株を少額から購入できるだけでなく、配当金や株価上昇による資産形成を期待できます。
また、退職時に自社株を売却することで退職金に充当できるため、老後の安心にもつながります
従業員持株会によって資産形成や老後の安心を得られるため、従業員の福利厚生が向上すると考えられます。


目的2. 従業員の経営参画意識の高揚

従業員持株会を設立し従業員が自社株を保有すると、従業員には自分たちも株主であり、経営に参画しているという意識(経営参画意識)が芽生えます。
経営参画意識のある従業員は、会社の経営や業績に対して関心を持ち、仕事へのモチベーションや責任感が高まることが期待できます。
また、従業員持株会は、議決権を行使することで、経営方針や重要事項に対して意見を表明できる場を提供できるため、経営参画意識の高揚が見込めます。
よって、従業員持株会によって従業員の経営参画意識を高揚させることができ、会社経営に好影響を与えられると考えられます。


目的3. 安定株主の確保

一般的な株式市場などで株式が積極的に売買されている場合、株式の価格変動が大きくなるため、資金を安定して確保することができません。
従業員持株会では、従業員が長期的に自社株を保有することで、会社にとって安定した株主の確保につながります。
安定した株主を確保することで、会社は市場からの不安定な資金調達や敵対的買収から守られるとともに、自社株価の下支えや信用力向上にも寄与します。
このように、安定株主を確保することで資金の確保が安定し、会社経営に好影響を与えられると考えられます。


目的4. 事業承継対策

従業員持株会をうまく活用することで、事業継承対策になります。
事業承継対策とは、事業承継(= 経営を後継者に引き継ぐこと)に関する問題への対策のことです。
事業承継で問題となりやすいのは、自社株式の扱いについてです。
後継者が安定的な経営を行うためには、相応の自社株式(議決権)を保持しておく必要があります。
具体的には、議決権の2/3以上を保持しておくと、株主総会で経営の重要事項などを決議できるようになり、望ましいとされています。
最低でも過半数を保持しておくことで、自身が取締役を解任されるといった事態を防ぐことができます。
ところが、現在の経営者が自社株をそのまま後継者に渡してしまうと、後継者は多額の相続税や贈与税を負担しなくてはならなくなってしまいます。
こうした事業承継問題については、従業員持株会を設立することで対策ができます

なぜ従業員持株会が事業継承問題の対策になるかというと、従業員持株会へ株式を譲渡することで後継者の負担を減らすことができるためです。
なぜ従業員持株会が後継者の負担を減らすことにつながるかというと、従業員持株会に対する譲渡は「特例的評価法」によって株式の譲渡価額を抑えられるため、従業員にとって資金的な負担が軽減されるためです

一方、従業員持株会ではなく従業員個人に直接株式を譲渡した場合は「原則的評価法」となり、一般的には特例的評価法よりも割高な評価を受けるため、従業員にとって資金的な負担となりやすい傾向にあります。
(従業員個人への譲渡であっても、議決権数の30%までであれば特例的評価法が適用されます)

以上のように、従業員持株会へ株式を譲渡していくことで、円滑な事業継承が実現しやすいといえます。

具体的な例として、以下のような事業承継対策が挙げられます。

対策1. 経営者の保有している普通株式を種類株式へと変更する
定款を変更し、経営者の保有している普通株式を以下のように種類株式へと変更します。

  • 変更前
    • 普通株式
  • 変更後
    • A株式(譲渡制限付き普通株式)
    • B株式(譲渡制限付き配当優先議決権制限株式)


対策2. 後継者へ株式を譲渡する
A株式(譲渡制限付き普通株式)を後継者へ譲渡します。
こうすることで、全ての株式を譲渡する場合と比較すると、後継者への課税負担を抑えつつ議決権を承継させることができます。

対策3. 従業員持株会を設立し、株式を譲渡する
従業員持株会を設立し、B株式(譲渡制限付き配当優先議決権制限株式)を譲渡します。
こうすることで、特例的評価法により株式の評価額を抑えながら譲渡ができます。
議決権制限株式とすることで、従業員に議決権は与えず、後継者の経営が安定する効果も期待できます。
従業員にとっては、たとえ議決権がないとしても配当を得られますので、会社への帰属意識向上やモチベーションアップにつながり、経営参画意識の向上が期待できます。

一方、従業員持株会を設立せず、従業員へ株式を譲渡してしまうと、以下のようなリスクがあります。

  1. 退職時の株式買取が経営者にとって大きな負担・トラブルとなりうる
    1. 買取資金の準備や、買取金額の交渉など
  2. 従業員が死亡した場合、経営とは関係のない相続人に相続されるおそれがある
    1. 社外流出につながる


従業員持株会へ株式を譲渡することで、上記のようなリスクを防ぐことができます。

以上、従業員持株会を設立する目的について解説しました。
従業員持株会を設立し適切に運用することで、事業承継にまつわる問題に関する対策につながると考えられます。
ここからは、従業員持株会の方法について解説します。

従業員持株会の方法について

前述の通り、従業員持株会には以下の2種類があります。

  • 民法の組合による方法(証券会社方式)
  • 任意団体による方法(信託会社方式)


ここからは、両者の概要とその違いについて解説していきます。


民法の組合による方法(証券会社方式)とは?

民法の組合による方法は、従業員が共同で自社株を取得・保有し、組合契約を締結することで従業員持株会を設立する方法です。
組合契約については民法第667条で規定されています。

民法第667条
1. 組合契約は、各当事者が出資をして共同の事業を営むことを約することによって、その効力を生ずる。
2. 出資は、労務をその目的とすることができる。


要約すると以下のようになります。

  • 組合契約を成立させるためには、2人以上の当事者間において、出資して共同事業を営むことについて同意することが必要です(1. )
  • 金銭による出資のほか、労務などの出資も認められています(2. )


民法の組合による方法の場合、従業員持株会は法人格を有しない個人の集合体であり、株式は各組合員の共有財産となります。
株式は組合の理事長に管理信託され、受託者である理事長名義で一括管理されます。
民法の組合による方法では証券会社を利用して株式の取得・保有・売却を行うことが多いため、証券会社方式と呼ばれます。

任意団体による方法(信託会社方式)

任意団体による方法は、従業員が自らの出資金を信託財産として信託銀行に対して信託し、その収益を自社株の取得・保有・売却に充てることで従業員持株会を設立する方法です。
任意団体による方法の場合、従業員持株会は法人格を有しない任意団体であり、株式は信託銀行名義で一括管理されます。
この方法では、信託銀行を利用して株式の取得・保有・売却を行うことが多く、そのために信託会社方式と呼ばれます。


民法の組合による方法と任意団体による方法の違い

民法の組合による方法と任意団体による方法の違いは以下の通りです。

民法の組合による方法(証券会社方式)と任意団体による方法(信託会社方式)の違い

組織形態

民法の組合による方法では、組合契約を締結します。
任意団体による方法では、信託契約を締結します。

株式の所有

民法の組合による方法では、各組合員が株式を共有財産として所有します。
任意団体による方法では、信託銀行が株式を所有します。


株式の管理

民法の組合による方法では、理事長が管理信託を行います。
任意団体による方法では、信託銀行が管理信託を行います。


株式の取引

民法の組合による方法では、株式の取引に証券会社を利用します。
任意団体による方法では、株式の取引に信託銀行を利用します。

以上、民法の組合による方法(証券会社方式)と任意団体による方法(信託会社方式)の違いについて解説しました。


おわりに

この記事では、従業員持株会の概要と設立目的について解説しました。
従業員持株会とは、従業員が自社の株式を取得・保有することを奨励する制度であり、従業員の福利厚生の向上、従業員の経営参画意識の高揚、安定株主の確保、事業承継対策など、さまざまな目的があります。
従業員持株会の設立方法には、民法の組合による方法(証券会社方式)と任意団体による方法(信託会社方式)という2種類の方法があり、それぞれに特徴と違いがあります。
従業員持株会は、日本の企業文化や労使関係において重要な役割を果たしており、今後もその存在感や影響力は高まっていくでしょう。
従業員持株会に興味のある方や、従業員持株会を導入しようと考えている方は、この記事を参考にしてください。