従業員持株会の設立に必要な手続きについて詳しく解説(前編)
2023-11-02
はじめに
従業員持株会は、従業員が自社の株式を取得するにあたって、会社が拠出金の給与控除・奨励金の支給などの便宜を与えることにより、従業員の自社株取得を容易にし、財産形成を助成する制度です。
この記事では、前編として従業員持株会の全体設計について解説します。
従業員持株会についての解説は以下の記事もご参照ください。
従業員持株会とは?概要と設立目的について解説
従業員持株会の設立に必要な手続き
従業員持株会を設立するためには、以下の手続きが必要となります。
手続き1. 全体設計
手続き2. 発起人
手続き3. 事務体制
手続き4. 株主への根回し
手続き5. 規約等整備
手続き6. 設立総会
手続き7. 機関決定
手続き8. 関係各所との契約
手続き9. 会員の募集
手続き10. 株式拠出
前編となる本記事では、「手続き1. 全体設計」について解説していきます。
「手続き2. 発起人」以下の手続きについては、後編で解説します。
それでは、「手続き1. 全体設計」の解説をはじめます。
手続き1. 全体設計
従業員持株会を設立するためには、従業員持株会の規約を策定するなどして、全体の制度を設計する必要があります。
設計の際に考慮すべき要素として、以下が挙げられます。
考慮すべき要素1. 従業員持株会の組織形態
考慮すべき要素2. 株式購入資金の準備方法
考慮すべき要素3. 従業員持株会の参加資格を有する従業員の範囲
考慮すべき要素4. 退会精算の方法
考慮すべき要素5. 株式数および種類
順番に解説していきます。
考慮すべき要素1. 従業員持株会の組織形態
従業員持株会の組織形態として、以下の2種類が存在します。
- 民法上の組合
- 法人格のない社団
このうち、多くの従業員持株会は「民法上の組合」として設立されます。
なぜ民法上の組合が多く採用されるかというと、民法上の組合は各種コストを抑えられるためです。
各種コストとは、例えば以下のようなコストです。
- 管理コスト
- 法人税の課税
民法上の組合であれば、従業員持株会の管理コストは会社が福利厚生として供与することができますし、法人税の課税もされません。
そのため、各種コストを削減できるという側面から民法上の組合が広く採用されています。
民法上の組合を採用する場合は、従業員持株会の規約上に組織形態が民法上の組合であることを明記する必要があります。
考慮すべき要素2. 株式購入資金の準備方法
従業員持株会が会社の株式を購入する際の購入資金をどう準備するかを定めます。
準備方法として以下の3つの方法が考えられます。
準備方法1. 定時積立方式
従業員持株会の会員が、定期継続的に毎月の給与や賞与から一定額を積み立てて株式購入資金を準備する方法です。
準備方法2. 一時分譲方式
従業員持株会の会員が、一括で株式購入資金を準備する方法です。
準備方法3. 併用方式
準備方法1. と 2. を併用する方式です。
このうち、非上場会社においては「準備方法2. 一時分譲方式」を採用する場面が多いと考えられます。
なぜなら、非上場会社は一般に以下のような特徴を持つためです。
- 発行済株式総数が少ないため、第三者割当増資等のタイミングがないと購入が難しい
- オーナーは支配権を維持したい
よくあるケースとして、以下のケースが挙げられます。
- オーナーは議決権の2/3以上を保持することで支配権を維持する
- 残りの株式について従業員持株会が一括購入する(一時分譲方式)
上記の株式購入の原資としては、出資金(積立金)、奨励金、配当金などが考えられます。
ただし、一時分譲方式を採用した場合、多額の資金を一括で準備する必要があるため、従業員の負担が増加する可能性も考えられます。
もしも多額の資金を一括で準備することが難しい場合、定時積立方式の採用を検討しましょう。
定時積立方式であれば、従業員と会社との間で給与の天引きについて合意しておくことで、株式購入資金の準備に関して問題は発生しないと思われます。
考慮すべき要素3. 従業員持株会の参加資格を有する従業員の範囲
従業員持株会の参加資格は、以下のように様々なケースがあります。
- 全従業員を対象とする
- 契約社員やパートを除く従業員を対象とする
- 一定の役職や勤続年数のある従業員を対象とする
- 自社だけでなく、子会社従業員も対象とする
参加資格の範囲を決める際に重要なのは、「従業員持株会の設立目的に沿って参加資格を決定すること」です。
例えば、従業員持株会の目的が「従業員の福利厚生」「財産形成」「経営参加意識の向上」の場合などは、比較的広い範囲の従業員を対象とするのが望ましいといえます。
一方、目的が「親族外従業員への事業承継」の場合などは、一定の地位にある従業員のみを対象とするべきと考えられます。
また、発行済株式数との兼ね合いについても考慮が必要です。
発行済株式数が少ない場合などは、すべての従業員に株式を譲渡することができないケースが発生します。
例えば以下のようなケースを考えます。
- 発行済株式数: 1,000株
- オーナーの保有株式数: 1,000株(100%)
- 従業員数: 400名
この場合、従業員持株会の参加範囲を全従業員としてしまうと、オーナーは議決権の2/3(67%)以上を確保できず、会社の支配権を失ってしまいます。
- 発行済株式数: 1,000株
- オーナーの保有株式数: 600株(60%)
- 従業員持株会の保有株式数: 400株(40%)
- 従業員数: 400名
オーナーがどれだけの議決権を確保したいかについて、事前に決定しておく必要があります。
また、税務上「同族」にあたる従業員(同族社員)は従業員持株会への参加範囲から外すことが一般的です。
同族社員を参加範囲から外す目的は、会社の税負担の軽減です。
一般的に、同族社員との株式売買が発生すると、会社にとって税負担が増加します。
なぜなら、同族社員との株式売買には「原則的評価方式」が用いられるためです。
一方、同族社員以外との株式売買には「配当還元価額方式」が用いられます。
通常、株価は「原則的評価方式」の方が高くなります。
「配当還元価額方式」と比較して、「原則的評価方式」では株価が数倍、数十倍となるケースも珍しくないため、譲渡益に課せられる税額が増加してしまいます。
よって、同族社員は従業員持株会への参加範囲から外すことが望ましいといえます。
加えて、役員も従業員持株会への参加範囲から外すことが一般的です。
なぜなら、役員の報酬について法的リスクが発生する可能性があるためです。
会社から従業員持株会へ奨励金などの目的で資金を援助することがよくありますが、もし役員に対し資金を援助すると、会社法上の「報酬」に該当します。
役員への報酬は定款や株主総会などで定められており、自由に報酬を支払うことはできません。
よって、仮に役員が従業員持株会に加入している状態で会社が奨励金を支払うと、法的リスクが発生します。
もしも役員も持株会へ加入させたい場合は、別途「役員持株会」の設立を検討しましょう。
なお、役員持株会を設立する際は、税務上「同族」にあたる役員とその他の役員で持株会を分ける必要があります。
考慮すべき要素4. 退会精算の方法
一般に、従業員が退職した際は、自動的に従業員持株会を退会させます。
上記の内容は、従業員持株会の規約にも明記する必要があります。
また、従業員持株会の中途退会者には、会への再加入を原則禁止することが一般的です。
なぜなら、再加入を認めると、脱退と加入を繰り返して投機的な利用を行う従業員が現れたり、株式が社外へ流出してしまうといったリスクが生じるためです。
考慮すべき要素5. 株式数および種類
従業員持株会制度を導入すると、オーナーの議決権は低下します。
これはオーナー保有の株式を譲渡する場合も、第三者割当増資で普通株式を発行する場合も同様です。
オーナーにとっては、会社の円滑な経営のためにも支配権・経営権は保持しておく必要があります。
支配権・経営権を保持するためには、議決権を保持する必要があります。
総議決権の過半数を保持していれば、株主総会普通決議を成立させられますし、2/3以上保持していれば株主総会特別決議を成立させられます。
よって、オーナーにどれほどの議決権を残し、従業員持株会にどれほどの議決権を渡すかを事前に考慮し決定することが大切です。
議決権の管理に便利なのが、種類株式です。
種類株式とは、株式の持つ権限について特別な取り決めが存在する株式のことです。
この種類株式を活用すると、例えば以下のような運用ができます。
- オーナーに対し「拒否権付種類株式(①)」を発行する
- 従業員持株会に対し「無議決権種類株式(②)」を発行する
「①拒否権付種類株式」とは、株主総会や取締役会での決議に対して拒否権を持つ株式をいいます。
別名「黄金株」とも呼ばれるほど、大きな権限を持っています。
拒否権を付与する内容は、代表取締役や取締役の選任・解任、M&Aの実施などです。
拒否権については会社法108条1項8号で定められています。
会社法108条
1項. 株式会社は、次に掲げる事項について異なる定めをした内容の異なる二以上の種類の株式を発行することができる。ただし、委員会設置会社及び公開会社は、第9号に掲げる事項についての定めがある種類の株式を発行することができない。
8号. 株主総会(取締役会設置会社にあっては株主総会又は取締役会、清算人会設置会社(第478条第8項に規定する清算人会設置会社をいう。以下この条において同じ。)にあっては株主総会又は清算人会)において決議すべき事項のうち、当該決議のほか、当該種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会の決議があることを必要とするもの
「②無議決権種類株式」とは、その名の通り議決権を持たない株式のことです。
会社法108条2項3号に定められています。
会社法108条
2項. 株式会社は、次の各号に掲げる事項について内容の異なる二以上の種類の株式を発行する場合には、当該各号に定める事項及び発行可能種類株式総数を定款で定めなければならない。
3号.主総会において議決権を行使することができる事項 次に掲げる事項 イ 株主総会において議決権を行使することができる事項 ロ 当該種類の株式につき議決権の行使の条件を定めるときは、その条件
以上のような種類株式を活用することで、オーナーの議決権を保持しながら、従業員持株会へ株式を持たせることができます。
種類株式を導入するには、別途株主総会の特別決議を経て定款変更を行うことが必要です。
まとめ
従業員持株会の設立には、以下の手続きが必要です。
手続き1. 全体設計
手続き2. 発起人
手続き3. 事務体制
手続き4. 株主への根回し
手続き5. 規約等整備
手続き6. 設立総会
手続き7. 機関決定
手続き8. 関係各所との契約
手続き9. 会員の募集
手続き10. 株式拠出
今回の記事では、「手続き1. 全体設計」について解説しました。
「手続き2. 発起人」以下については後編の記事で解説します。
参考になれば幸いです。