従業員持株会の設立に必要な手続きについて詳しく解説(後編)

2023-11-08


はじめに

従業員持株会は、従業員が自社の株式を取得するにあたって、会社が拠出金の給与控除・奨励金の支給などの便宜を与えることにより、従業員の自社株取得を容易にし、財産形成を助成する制度です。

この記事では、後編として「従業員持株会の設立手続き」について解説します。

前編はこちらです。
従業員持株会の設立に必要な手続きについて詳しく解説(前編)

従業員持株会についての解説は以下の記事もご参照ください。
従業員持株会とは?概要と設立目的について解説

従業員持株会の設立に必要な手続き

従業員持株会を設立するためには、以下のような手続きが必要となります。

手続き1. 全体設計
手続き2. 発起人
手続き3. 事務体制
手続き4. 株主への根回し
手続き5. 規約等整備
手続き6. 設立総会
手続き7. 機関決定
手続き8. 関係各所との契約
手続き9. 会員の募集
手続き10. 株式拠出

後編となる本記事では、「手続き2. 発起人」から「手続き10. 株式拠出」までまとめて解説していきます。
手続き1. 全体設計」については、前編で解説しています。

それでは、「手続き2. 発起人」から解説をはじめます。

手続き2. 発起人

従業員持株会の設立にあたって、民法上の組合を組成するために発起人を選定する必要があります。
発起人とは、 従業員持株会を設立するために必要な手続きを行い、設立後は会の役員として従業員持株会を運営する役割を担う者のことです。
通常はその会社の管理職などの地位にある社員が発起人となるケースが多いと考えられます。
また、発起人の間で従業員持株会設立契約(組合契約)の締結が必要となります(民法667条1項)。

民法第667条【組合契約】
1項 組合契約は、各当事者が出資をして共同の事業を営むことを約することによって、その効力を生ずる。


手続き3. 事務体制

従業員持株会を適切に運営するために、日々の事務作業をどうこなしていくかという事務体制について考慮し、定めておくことが大切です。
事務体制の例として、以下のようなパターンがよく見られます。

  1. 従業員持株会専用の事務所を設け、会員が事務を代行する
  2. 事務を代行した会員に対し、株式購入の原資として奨励金を交付する


ただし、事務を代行した会員に奨励金などを支払う場合、他の会員の間で利益供与や株主平等原則に関する争いが生じるリスクもあります。
利益供与株主平等原則などの関連リスクを理解し、従業員持株会の設立目的に沿って福利厚生の一環といえる範囲にとどめるよう注意が必要です。

手続き4. 株主への根回し

従業員持株会を設立するためには、株主総会での決議が必要になる場面が多々あります。
例えば従業員持株会に対し第三者割当で譲渡を実施する際などは、定款変更や株主総会の特別決議が必要となります。
よって、事前に株主(特に議決権を多く保持している株主)に対して従業員持株会について説明し、できるだけ同意を得ておくことが重要です。
そうした準備(根回し)をしておくことで、従業員持株会の設立手続きの円滑な進行が期待できます
(もし定款変更などが不要なケースであれば、根回しは不要かもしれません)

手続き5. 規約等整備

従業員持株会のルールを定める規約の案(規約案)を作成します。
規約案には、制度設計(前編を参照)で設計した各事項について漏れなく記載する必要があります。
規約案の記載事項の例としては以下のような事項が挙げられます。

  • 持株会の法的性格(民法上の組合であることの明示)
  • 参加資格の範囲
  • 譲渡制限などの株式関連のルール
  • 運営方法
  • 加入・退会方法


作成した規約案は、後述の設立総会で承認のための決議が行われます。

手続き6. 設立総会

設立総会とは、発起人間で行う総会のことです。
設立総会では、以下のような決議が行われます。

  • 規約などの承認
  • 代表理事(理事長)や監事などの役職者の選任決議


株主名簿の名義届出や銀行口座開設時に理事長の印鑑が必要です。
また、従業員持株会の代表印を作成しておくとよいでしょう。

手続き7. 機関決定

従業員制度を運営する常設機関を「従業員持株会」と呼びます。
従業員持株会を設立することを「機関決定」と呼びます。

手続き8. 関係各所との契約

もし労働組合が存在する場合、従業員の給与から従業員持株会の株式取得原資を天引きする際には、会社との契約が必要になります(労働基準法24条)。

労働基準法24条【賃金の支払】
賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。


賃金は全額を支払う必要がありますが、別途協約がある場合は天引きが可能になります。
また、もし従業員持株会の事務作業を社員が行う場合は、会社と従業員持株会の間でその旨の契約を交わす必要があります。

手続き9. 会員の募集

参加資格の範囲内となる全従業員に対し、持株会の告知や説明会を実施します。
特に、以下のような内容について説明することで、後々のトラブルを未然に防ぐことができます。

  • 退職時に保有している株式はどうなるのか
  • 退職時に従業員持株会への参加資格はどうなるのか
  • 従業員持株会に参加することのメリット・デメリット


また、規約などについては、そのまま原文を提示するだけでなく、内容を要約するなどしてわかりやすく説明することで理解を得やすくなります。

手続き10. 株式拠出

従業員持株会が保有することになる株式を拠出します。
一般的には、拠出方法として以下の2通りが考えられます。

拠出方法1. オーナーから譲渡する

オーナーの保有する株式を、従業員持株会へ譲渡することで株式を拠出する方法です。
もし株式に譲渡制限がかけられている際は、定款の規定にもとづいて株主総会や取締役会の承認が必要になります。

重要な点として、オーナーは会社ではなく従業員持株会へ譲渡を行います。
オーナーから会社へ株式を譲渡してしまうと、株価の算定方法が「原則的評価額」となり、高額なみなし配当課税が発生します。
オーナーから従業員持株会へ譲渡を行うことで、「配当還元価額」という非常に安い価額で譲渡を行うことができ、節税につながります。

拠出方法2. 会社の自己株式を処分または新株発行

会社の保有する自己株式を、処分または新株発行を行うことで株式を拠出する方法です。
株式の処分とは、株式の売却だけでなく、第三者割当の譲渡も含まれます。

従業員持株会に対して第三者割当で譲渡を実施する際は、株式に関する定款の変更と、株主総会の特別決議が必要となります(会社法199条3項, 309条2項5号)。

会社法第199条【募集事項の決定】
1項 株式会社は、その発行する株式又はその処分する自己株式を引き受ける者の募集をしようとするときは、その都度、募集株式(当該募集に応じてこれらの株式の引受けの申込みをした者に対して割り当てる株式をいう。以下この節において同じ。)について次に掲げる事項を定めなければならない。
一 募集株式の数(種類株式発行会社にあっては、募集株式の種類及び数。以下この節において同じ。)
二 募集株式の払込金額(募集株式1株と引換えに払い込む金銭又は給付する金銭以外の財産の額をいう。以下この節において同じ。)又はその算定方法
2項 前項各号に掲げる事項(以下この節において「募集事項」という。)の決定は、株主総会の決議によらなければならない。
3項 第1項第二号の払込金額が募集株式を引き受ける者に特に有利な金額である場合には、取締役は、前項の株主総会において、当該払込金額でその者の募集をすることを必要とする理由を説明しなければならない。


会社法第309条【株主総会の決議】
1項 株主総会の決議は、定款に別段の定めがある場合を除き、議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の過半数をもって行う。
2項 前項の規定にかかわらず、次に掲げる株主総会の決議は、当該株主総会において議決権を行使することができる株主の議決権の過半数(3分の1以上の割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の3分の2(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上に当たる多数をもって行わなければならない。この場合においては、当該決議の要件に加えて、一定の数以上の株主の賛成を要する旨その他の要件を定款で定めることを妨げない。
5号 第199条第2項、第200条第1項、第202条第3項第四号、第204条第2項及び第205条第2項の株主総会


まとめ

従業員持株会の設立に必要な手続きについて詳しく解説しました。

まとめると、従業員持株会に必要な手続きは以下の通りです。

手続き1. 全体設計
手続き2. 発起人
手続き3. 事務体制
手続き4. 株主への根回し
手続き5. 規約等整備
手続き6. 設立総会
手続き7. 機関決定
手続き8. 関係各所との契約
手続き9. 会員の募集
手続き10. 株式拠出

このうち「手続き1. 全体設計」は前編で解説し、「手続き2. 発起人」から「手続き10. 株式拠出」までは本記事で解説しました。

参考になれば幸いです。